サイドの活動記録

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てつがくのサイちゃん

サッカーの書評かと思ったら結局はオタクの話なのでオタクの人はご安心を。


バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー
オスカル・P・カノ・モレノ (著), 羽中田 昌 (翻訳)

バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー

バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー

これ買って最初に読んだのはいつだったか。南アフリカワールドカップ後に「もっとサッカーのことを知ろう」と思って書籍をいくつか買った中に入っていたように記憶している。
小野剛さん(現ロアッソ熊本監督)の『サッカースカウティングレポート 超一流の分析』から試合観戦の視点を学んだり、千田善さん(イビチャ・オシム元日本代表監督の通訳)の『オシムの戦術』でオシム時代から現代サッカーの戦術を見てみたりした。この2冊は充実した内容と読みやすさで、一気に自分のサッカー脳の栄養となっていった。


そんな中、この本『バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー』だ。これを手にとったのは、たぶんグアルディオラバルセロナクラシコレアル・マドリーを5-0で粉砕した時期で、"最強"バルセロナのことを知るのは今のサッカーを知るには大事でしょってきっかけだった。バルサの本が多く存在する中、「羽中田昌さんが翻訳で参加してるなら問題ないでしょう」って思ったし、戦術「フィロソフィー」って響きがどことなく知的に感じられたのもある。
で、読んでびっくり!「戦術フィロソフィー」というタイトルのうち圧倒的に「フィロソフィー」に比重が置かれていて、もうほぼ哲学書の印象だった。あとがきで羽中田さんご自身が「とても苦しんだ」ように書いているけど、これ羽中田さんが訳す種類の本ではなかったのではと思うw
初めて読んだ時は「あーびっくりした。すげぇ難しかったし、サッカーへこの考え方を落とし込むのは厳しいなぁ」と感じたものだ。
そして最近、この本をまた手にとって読んでみた。今度はサッカーへではなく、自分自身というかオタクとして「てつがく」してみようということで。
この本を読んで摂取できた考え方は、「ものごとを複雑なもの(全体)として捉えて観察して、要素それぞれの相互作用を見ていきましょう。要素ごとに切り取って分析するだけでは、不十分なんですよ」ってことかな。分析は全体を捉える過程で必要だと思うけど、そこで留まらずに他の要素にどんな作用をしているされているってことは捨ててはいけないよねと。


本の中でジャズコンサートのたとえ話が出てた。これはある意味ではサッカーよりわかりやすくとらえられて、自分のことにすっと置き換えられた。

ライブに行く。すげぇかっこいいと思う。
この時、「すげぇかっこいい」のは「そのバンド(のライブ)」だよっていうのがこの本の視点だと。「あの曲の貴雄のドラムが」とか「『harmonizede finale』の斎藤さんのボーカルが」とか「やっぱあの時の田淵が」とかいう要素も「すげぇかっこいい」のは間違いないんだけど、それは俺が思った「すげぇかっこいい」の一部でしかないんだよね。
「相互作用」と「フィードバックループ」なんて言葉もよく本には出てきていた。貴雄と斎藤さんと田淵が互いの演奏を見て聞いて影響しあって、すげぇかっこいい演奏になって、すげぇかっこいいバンドのすげぇかっこいいライブになっていくんだと。それを見て俺はすげぇかっこいいな!って思ってボルテージ上がって、同じようなことしてる客が2千人とかいて、ライブハウスの熱はどんどん上がっていって、その熱にあてられたバンドや客がまた熱くなってって…と。
もっとも、このバンドは「客の熱にあてられて自分たちも熱く」という考え方はもっていないだろうけれども。まぁ客の方は周りとの相互作用はあると思う(これもまたこのバンドは必ずしも望んでいない部分だけど)。


自分に近いものに置き換えて考えると、本で言われていることは理に適っていると思う。思うけど、この考え方って自分に不足しているものだ。
自分の思考は内へ内へ入り、見たものの微に入り細に入り、自分なりの切り口で切って仕組みを見ようとしている。切り取ったものはそのままになっていたと思う。それらの関係性とか、組み合わさって出来ている全体にフィードバックさせることも、また大事なのかなと感じている。
実際のところ、その相互作用とかフィードバックループとか、見るっていうよりも「見たものから推しはかる」ことだから難しいかなと思う。けど、それがまた面白そうなので、頭のなかに入れておきたい。
サッカーにしろ、ライブにしろ、いくつかのメンバーや要素が集まっている。個々の相互作用でいくつかのサブフェーズ(プレーやら演奏やら)が積み重なって、全体(試合やらライブやら)が出来上がっていく。個々のものやサブフェーズの観察は必要だけど、「全体を把握する」ことが欠落しないよういねと。
「木も見て森も見よう」とか、最近タバコの広告であったっけね。


フィードバックループ」って言葉がすごくいいな。何がいいって、オタク的にかなり都合よく使える気がするんだよ。ラジオ投稿のモチベになりそう。
雨宮天さんの喋りにあてられて、かなり入れ込んだメールを送る。雨宮さんがそれを読んでくれる(ここで雨宮さんに多少なりとも響いてくれてると良いんだけど、そこはまぁ贅沢である)。雨宮さんが俺のメールを取っ掛かりに話してくれる。自分の視点にはないポイントを提供してくれる。新しいことを発見できる。次のメールに活かす……といった具合か。

きょうは「てつがく」はおわりにして、かたつむりのところへ行こうと思った。

「やあ、かたつむり。ぼくはきょう、てつがくだった」
「やあ、ライオン。それはよかった。で、どんなだった?」
「うん、こんなだった」

ライオンは、てつがくをやった時のようすをしてみせた。

さっきと同じように首をのばして右斜め上をみると、

そこには夕焼けの空があった。

「ああ、なんていいのだろう。ライオン、あんたの哲学は、とても美しくてとても立派」
「そう?・・・とても・・・何だって?もういちど言ってくれない?」

「うん。とても美しくて、とても立派(りっぱ)」

「そう、ぼくのてつがくは、とても美しくてとても立派なの?

                  ありがとうかたつむり」

ライオンは肩こりもお腹すきも忘れて、

じっとてつがくになっていた。


工藤直子『てつがくのライオン』より)


美しくて立派なてつがくをしたい。