そしてオタクは続く

届け声、描け未来。

最後の推し事の記録④(完)

この曲を聞いてたよシリーズで、卒業までに考えていたことはだいたい書けた気がする。
なので、これからどうしようかなとか、みなさんありがとうとか、そういうことを書いて、内山命ちゃんに関すること(でもなくなってきているけどw)を完結させたいと思う。


27日も経つと、「こんばんわ!うちやまです!」から始まるブログが更新されない夜にも慣れるものだ。
このブログが書き終わると、能動的に思い出すこともなくなるだろう。
未だに夢に出てくるし、目が覚めて夢だと分かるとだいぶ凹むし、ランティス祭りで幕張メッセに行っても「ここでみことちゃんとこんな話したなぁ」とか思い出すけど。まぁ、これは今後もあるだろう。
寂しいと感じる間はそれを受け入れていこう。寂しいと感じ続けるのに慣れるのと、それが薄れていくのとは、どっちがいいんだろうね。わからないや。


ともあれ、今後も自分は生きていくわけで。
さて、どうしていこうか。

どうするか、つまり「SKE48、どうする?」ってところ。卒業発表後から考えているのに、まだ結論は出ない。
まぁ、SKEに限らず「行きたくなったら躊躇わずに行く」方針は、これまでもこれからも変わらないんだけど。
ただ、みことちゃんが卒業発表した時から「次の“推しメン設定”、したくないなぁ」ってことは感じている。これがずっと引っかかっている。
出たり引っ込んだり、推し変して戻ってきてとかしているのにね。ここにきて操を立てるようなことをしたいって、都合がいい考え方してるな。
これが、俺の好き勝手な“移動”じゃなくて、あっちから消えていってしまった影響なんだろうな。できることやりきったって言ったって、やっぱりまだ遊びたかったよ。

空欄になったSKEモバイルの推しメン設定。このままにして、気持ちもそのままで、“流し”としてSKE48が楽しいのかどうか。試してみるかな。
そんな提案を自分の中でしてみてはいる。実際にそう動くかはわからない。まだもうちょっと“喪に服す”みたいなまま浸っていたいかな。
OTODAMAとかサマステとか、関東の夏のイベントもあるし、その辺に行ってみるのは良いと思う。選択肢として持っておこうと思う。
5月29日のセンチュリーホール、みことちゃん卒業と関係ないところも楽しかったわけじゃん?それならこのままサヨウナラはもったいないよね。そこだけはしっかり覚えておこうな、俺。
現場に行くのはもちろんいいし、行かないとしても見守ってりゃいいじゃん。ってことで。ひとまず!


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劇場最終公演の翌日の帰り道あたりかな、ふと思ったことがあった。

「もっと早く復帰してたら、みこっ党の人たちともう少しでも仲良くできたのかな」


当日に腰痛でほとんど会えなかったのもあるんだけど、そういうの大事にしたいってようやく思うようになったなと感慨。
かなり昔から気にかけてくれていた人、復帰後に握手会のみことちゃんレーンで挨拶するようになった人、多少なり知り合いが増えた。
「推し被りとの交流なんて不要というかイヤ」って思っていたのは過去のものとなりつつあるけど、「そういう過去を持ってた割には」程度に留まったとも言える。
当時を知ってて「何を今さら」って感じてた人もいるかもしれない。ここ読んではいないだろうけど、ごめんなさい。
初めて輪に加わってイベント参加した、焼津の踊夏祭。めちゃくちゃ楽しかった。あれがあったから、復帰への道筋ができた。
そのちょっと後のランクインコンサートでは、話しかけに行けなくて勝手に疎外感を抱いてしまって。やっぱり大事だな、一歩踏み出す勇気。
そこからは少しずつ話したりした!卒業発表直後(2期生公演の打ち上げ的なはずだったのにねw)の飲みとか、5月5日の握手会後のみこっ党飲みとか、楽しかったなぁ。
自分の気づいていなかった「みことちゃん、こんないいところあったのねー」とか、それぞれがどういう気持ちで推してるのかとか、いろんな話ができた。
他にも短い期間だったけど、いろいろなんやかんやした。うん、楽しかったよ!

みことちゃんに対してもそうなんだけど、「もっと早くこうなっていれば」というのはあるけど、それでも一通りできたし「間に合ってよかった」って気持ちかなぁ。
自分を変えられた、とまではまだ確信できないけど、変えたいと思って行動できてよかったと思う。

ここ読んでるみこっ党の人がどれだけ残っているか分からない(最近の記事は声優さんの歌の話でしかなかったから仕方ないw)けど、最後の1年弱(10ヶ月くらい)めっちゃ楽しかったです。ありがとうございました!!
またSKE行くかはわからないけど、生きてるうちにもう1回は行くんじゃないかなとは予想してるんで、そこで会ったら声かけてください!なんと、俺が見つけたら声かけちゃいますからねw







自分の復帰のきっかけになったのは2017年11月のユニット対抗戦だって何度か書いてきた。
もちろん、そのいちばんの要因はみことちゃんのパフォーマンスであり、彼女が示してくれた可能性ではあった。でも、実は舞台上だけなくて、こっち側でも”流れ”ができていたんだよね。
自分が入った昼の部、1階席の後方。開演を待ってたら、通路を挟んだちょっと前の列で、STRAWBERRY PUNCHのグッズをフル装備していて、黄橙・赤赤と内山命日高優月のペンラを揃えている人がいた。
「内山さんと優月の二人とも好きなんだろうな、めちゃくちゃ気合いはいってるじゃん」なんて見ていたら、なんと見知った顔。
みこっ党でも数少ない、数年来の絡みのある方だった。わー久しぶりみたいになって、んじゃ楽しみましょうね~って開演を迎えた。
で、開演して、ストパンにやられてる間にその彼がこっちを振り向いて「すげー!」みたいなアイコンタクトして。
終演後もやられっぱなしな俺は彼と合流して外に出て、みこっ党の溜まり場にいた。なんかすげーってずっと言ってた気がする。
その流れで、撮って出し写真を買って戻ってきた人がきて、いいなぁいいなぁって言ってたら一枚くれて。その時点で何度か会ったことあったかなくらいの方が、(そのとき知らなかっただろうけど)みことちゃんから離れていた自分に気前よく分けてくれたのがとっっっっっても嬉しかった。
そんなこんながあって、その2日後にあった内山生誕をDMMでちゃんと見て、2018年の総選挙に少しでも関わっていきたいと思って、繋がっていった。



その3ヶ月くらい前にも、目を背けていた自分の後ろ髪を掴もうとしてくれた人がいた。
DMでしたことだから書くのは控えるけど、あのタイミングであんな話題を振られて、何も思わないなんてことはなかった。
あの時に思いっきり揺らされていたから、81位の報せを聞いてぐらぐらになったと思うし。
彼の真っ直ぐさと、誰に対しても一歩も二歩も踏み込んで投げかけてくるアグレッシブさは眩しいほどで。
その光に憧れて、自分も一歩踏み出すことができたのかもしれない。


まだまだ挙げればキリがないのだけれども。
もう締めようとしていたはずなのに、次々と思い出すことがある。
大事なのは人との関わりなんだなぁ、って感じることがとても多かった。
そして気づけば何の躊躇いもなくみこっ党だとかみことちゃん推しだとか、自分をそう言えるようにもなった。
この日々は、今後も自分の財産となってくれることだろう。

楽しくて熱くて充実した日々をありがとう、みこっ党。
最後の最後に、自分の居場所だと思えてよかった。




でもやっぱり寂しいなぁ。またお祭り騒ぎみたいな劇場で喉ガシャガシャになるまで叫びたかったなぁ。