そしてオタクは続く

一歩踏み出す勇気

角谷杏が交わした「せいやくしょ」から見る関係者の思惑。

ガールズ&パンツァー劇場版』については、細かく見ていきたいところがたくさんある。
その中でいちばんチェックしたかった部分についてあれこれ考えてみようと思う。
もちろん内容に触れていくので、ご注意いただきたい。まだ上映中なので、見ていない方はぜひ劇場へ。







ということで、劇場だと全文は読めなかった「せいやくしょ」の件について、Blu-rayで一時停止して見てみた。
この書類について軽くおさらいしておくと、「『戦車道大会の優勝で廃校は撤回』の口約束を反故にされたので、引き出せた次なる撤回の条件についてはしっかり書かせるぞ」と、大洗女子学園の生徒会長・角谷杏が文部科学省学園艦局から取り付けたものだ。
この条件を引き出すまでの交渉術も見事の一言なのだが、ここについて言及するとキリがないので割愛しておく。一言だけ言うなら、「しほさんがコップを叩きつけるところで4DXが無反応だったのは遺憾」ということだ。

では、一時停止して読んだ文面を書き起こして内容をチェックし、行われた試合に与えた影響がどれほどか考えてみる。
もっとも、私は戦車道ファンでしかなく、選手・指導者・運営者のいずれの経験もないため、素人考えになってしまうことをご容赦願いたい。
専門の経験をお持ちの方のご指摘はもちろん、みなさんの考えやアドバイスもいただければ幸いである。

27文科高第307号
申請者 氏名 角谷 杏 殿

申請のあった県立大洗女子学園の廃校撤回については、学園艦教育法(昭和57年法律第67号)第79条の4第7項の規定により次の条件をつけて許可します。
1 指定された戦車道試合において勝利した場合は、当該撤回の申し立てをすることができます。
2 上記1の試合において敗北した場合は、当該撤回の申し立てへの権利は失われたものとします。
3 上記1の試合については下記条件のもとで行われるとします。

文部科学大臣 牟田正志
文部科学省学園艦局長 辻康太
戦車道連盟理事長 児玉七郎
大学戦車道連盟理事長 島田千代
高校戦車道連盟理事長 西住しほ


1 試合の対戦者は大学戦車道連盟強化選手とする。
(試合対戦者)
2 試合場所は、上記1対戦者に指定の権利が与えられる。
(試合場所)
3 試合を行える期間は、この許可の決定から7日以内とする。
(試合の期間)
4 試合の規則、形態等については主催者たるものが定める権限を有する。
(試合の規則)
5 使用料は、免除とする。
(補給物資の負担)
6 試合許可を受けた者は、試合許可場所を常に善良なる管理者の注意をもって維持保存しなければならない。
(試合場所検査等)
7 試合に必要な資材、人員の確保は戦車道連盟がその責任を負うものとする。
(審判、試合会場の設営)
8 試合に関しての告知は、戦車道連盟がその組織を通じて行うこと。


角谷杏が持っている紙は3枚なので、文書には続きがある。
このため、把握できた部分を読むだけではこの文書の全容はわからないが、可能な範囲で想像を膨らませつつ読み進めていくこととする。



冒頭から、この文書が「誓約書」ではなく「許可書」であることがわかる。ちなみに、角谷杏はチームへの報告では「念書」と言っている。
角谷杏(=大洗女子学園)に対して文部科学省が「条件付きで廃校撤回を認める」という趣旨になっている。
この許可は学園艦教育法が根拠になっている。「廃校について不服な場合は撤回の申し立てを行うことができる」といったところだろう。
角谷杏はこの条項の存在を知っていただろうか。許可書の申請ができると知らなくて「せいやくしょ」を書けと突きつけたのか、知っていて敢えて誓約書として学園艦局長より優位に立とうとしたのか。
「口約束は約束じゃない」と言い放った局長に対して「民法第91条と97条で認められている」と即座に返せる角谷杏のことだ。日を改めて臨んだ再交渉に戦車道連盟理事長、連盟委員、高校戦車道連盟理事長を同席させているし、廃校撤回の条件を取り付けるまでの流れは想定済みだろう。せいやくしょを突きつけた時、蝶野さんの表情も余裕たっぷりだった。このパフォーマンスで追い込むことまで(明確に話し合ってなかったとしても)織り込み済みだっただろうと思う。


指定された試合に勝てば、廃校撤回の申し立てができる。負けたら権利失効。試合の条件は下記。
できるのは「申し立て」であるから、厳密に言えば勝つだけでは廃校撤回が決まるわけではなさそうだ。しかし、この件は「優勝したのにやっぱり廃校決定」と報じられて既に世間を騒がせている。ここで申し立てを却下したら騒動は過熱して収拾がつかなくなり、今後の学園艦運営が立ち行かなくなるだろう。申し立てが行われれば、廃校撤回は決まりと考えて良いだろう。

続いて、文部科学大臣、学園艦局長、戦車道連盟理事長、大学戦車道連盟理事長、高校戦車道連盟理事長の署名が入っている。
エンディングで「理事長」「役人」と紹介されていた二人や文部科学大臣の名前が分かるが、ここで一つ気になることがある。
この許可書は、「せいやくしょ」とは別の文書なのではないか?
劇中では、角谷杏が局長に「今ここで覚書を」と突きつけた後に、西住流家元(高校戦車道連盟理事長)が島田流家元(大学戦車道連盟理事長)の元へ訪れている。島田流家元がこの試合について知ったのはこの時なので、「今ここ」で許可書に署名捺印することはできない。
「今ここ」で島田流家元以外の署名捺印を終わらせたか、「(同席していない)大学戦車道連盟理事長が認めれば、許可書を発行する」旨の誓約書を書かせたか、二つの可能性を考える。私個人としては、角谷杏の手書きの「せいやくしょ」に局長がマジックで記入させられている画を想像して楽しくなったので、後者を推したい。


当初の想定から外れた考えが浮かんだが、引き続きこの文書について読み進めていく。
署名捺印の後に、試合の条件が並んでいる。おそらくこの条件には2枚目と3枚目に続きがあるため、詳細を突き詰めきれないのが残念だ。7月の「お疲れ様本」に資料があることを願う。


対戦相手は大学戦車道連盟強化選手(大学選抜)と指定(1)され、試合場所は大学選抜が指定できる(2)。
試合が行われた山岳地帯と遊園地跡だが、特に山岳地帯での序盤戦は大洗女子学園を翻弄していたし、遊園地跡への進入の段階では先手を取れていた。大学選抜が得意としている地形だったと考えられる。
また、許可から7日以内に試合を行うことになっている(3)ので、大学選抜が確保しやすいいわば「ホーム」のような場所だった可能性もある。大学選抜に勝たせたい学園艦局長が、"ホーム開催"を促していそうだ。
試合直前に西住みほが「相手を山岳地帯におびき寄せて分散させて、各個撃破できれば」と言っていたが、本人の予想どおりそれは難しかっただろう。

許可決定から7日以内に試合を行うとする(3)が長いのか短いのか。戦車道運営の感覚は分からないが、他のプロスポーツの試合が一週間前に決まるということはほぼ考えられないので、同様に短いのだろう。
この間に戦車道連盟は、資材や人員を確保(7)し、試合の告知(8)をしなければならない。さらに、(6)の試合場所管理は大洗女子学園から依頼されるだろうし、(4)の主催者にあたるかもしれない。もし主催者が文部科学省学園艦局だとして(試合形式を殲滅戦に決定して進めたのは局長だし十分にありえる)も、細かな規則や形態については実質的に決めることとなるだろう。
かなりの労力を注ぐことになるだろうが、この試合で大洗女子学園から使用料は取れない(5)ので、経費は戦車道連盟が負担することとなるだろう(文部科学省に請求できるかもしれないが)。
それでも動いてくれた戦車道連盟に、大洗女子学園や我々戦車道ファンは多大なる感謝をしなければならない。


さて、流れで一気に読み取れる全ての項目に触れたが、
4 試合の規則、形態等については主催者たるものが定める権限を有する。(試合の規則)
の項目こそ、大洗女子学園勝利の鍵を握っていた項目だったと言える。
先に触れたとおり、「名目上の主催者が何であっても、実質的に戦車道連盟が規則や形態を決めていた」ことだろう。試合形式が殲滅戦になったり、カールが大学選抜に投入されたりと、学園艦局長の横槍が入ったことはわかるが、所詮は役人。規則については明るくないだろう。
そこに乗じて、大洗女子学園が有利になるように"仕込んだ"ことこそ、戦車道連盟最大の貢献だった。
「"短期の転校生"と"私物の持ち込み"を認めた」こと、そして「対戦相手以外の異議を認めない」ことで、大洗女子学園は30対30の試合に持ち込めた。
大学選抜の島田愛里寿が異議を唱える可能性はリスクであったが、戦車道という武道に身を置く彼女は認めると考えたのだろう。島田愛里寿としては、30対30で勝ってしっかり「西住流を叩き潰す」こともできる。
ありえない事態に学園艦局長が「戦車まで持って来るのは反則だ」「卑怯だぞ」と憤る気持ちもわかるが、ここは戦車道連盟が一枚上手だった。
各校に試合の増援を促し許可を出し、登場に合わせてチームリストに追加する。演出も含めたあらゆる準備を、大洗女子学園に隠しながらやりきっている。戦車道連盟は、大洗女子学園への肩入れはもちろん、エンターテイメント性も大事にしていそうだ。


私がこの文書から読み取れることは以上である。
2枚目、3枚目に書いてあることが非常に気になるが、この範囲だけでも試合に繋がる部分や関係者の意図がわかった。
廃校させたい学園艦局長の意図も介在しているが、戦車道連盟がその意図を受け切った上で大洗女子学園を守る道を密かに切り開いていた。ありがとう戦車道連盟。